野球を愛する全ての人が待ち望んだニュースです。
新潟市に建設が進められていた県立野球場が遂に完成し、
30日、一足早く報道陣に公開されました。
そしてそこには悲運の歴史を想い、
喜びを静かに噛み締める人の姿がありました。
両翼100メートル、観客収容人員3万人。
グラウンドには水はけの良い最新型の人工芝が
全面に張られています。
野球関係者の長年の悲願であった県立野球場が
このほど完成し、30日、マスコミに公開されました。
既にネーミングライツの関係で
名前はハードオフエコスタジアムと決まっています。
また外野スタンドの後ろには天然芝の広場が設けられ、
この場所からはゆったりと野球観戦が楽しめそうです。
屋内練習場は1塁側と3塁側にそれぞれあります。
冬場の練習環境が厳しい県内ですが、
雪や雨などを気にせず練習できる施設は威力を発揮しそうです。
そして30日、数々の最新設備を備えたこの野球場の完成を
万感の思いで見つめる人がいました。
新潟県野球協議会のトップ、高橋勇四郎さんです。
高橋さんは新発田農高の野球部出身。
その後、大学や社会人野球で活躍した後、県内の名門チーム、
バイタルネットの監督も務めました。
もちろん、その間、県立野球場の建設に向けても
長年、力を注いできました。
こう語る背景には県立野球場をめぐる悲運の歴史があります。
今から19年前の1990年、新潟スタジアムとして野球場を建設し、
2009年、つまり、この秋の新潟国体のメイン会場として
整備されることが決まります。
しかし、直後に起きたバブル経済の崩壊によって
計画は事実上、凍結されます。
さらにその後、1995年には
2000年度中の建設着手という方針が決まるものの、
今度はサッカーのワールドカップ開催が決まり、
今のビッグスワンにその座を奪われてしまいます。
そして2002年、再び、県立野球場の建設構想が発表されますが、
今度は2004年に起きた7・13水害や中越地震のため、
またもや建設は一時凍結になります。
繰り返される悲運。
しかし、2006年、工事に着手。
そして、30日、今の野球少年はもちろん、
かつて野球少年だった全ての人の夢がつまった球場が
ついに完成し、お披露目となったのです。
野球を愛する人の思いがたくさんつまったこの新球場。
新潟における野球の聖地として
数々のドラマを生んでくれることでしょう。
(30日 20:00)<BSN>
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